夢脳のまなざし

いい男が好きすぎて現実では足りず歴史さえもよこしまなまなざしで見てしまっています。旅行が好きです。(http://nanos.jp/minamooon/)

【ゴミ箱】絵とタイムスリップ小ねた

 

政宗が高虎に(なぜかこの二人は名前で呼び捨てが許される気がする)

 お酒贈って、「またのもうね!!京でここでここの日にち!」みたいな手紙読んできゅんとしました。

高虎は政宗の腹心 片倉小十郎景綱のひとつ上の同世代、身分が低いところからの出世となかなか似ているところがあるような…

ヤンキー気質な政宗は慕っていたのでしょう…。

 

タイムスリップ意識な絵たち↓


f:id:kotosawa_a:20180524001839j:imagef:id:kotosawa_a:20180524001937j:image
f:id:kotosawa_a:20180524001951j:image〈秀吉と於ねね どっちも150cmくらいのちょうミニマム夫婦だといいなあ

f:id:kotosawa_a:20180524002053j:image〈タイムスリップちゃんだとでかくて当時の平均身長からすると天狗みたいなんでしょうなあ…

 

【女性服飾】室町と江戸の似て非なる着物たち

 着物、ドレス、女性服飾氏がだいすっきな琴沢です。

 

f:id:kotosawa_a:20180515125843j:image

大河ドラマや歴史漫画、映画などでも室町~桃山、戦国の着物は現代の着物の帯を細くしただけのように着ていますが

当時の絵や、復元・受け継がれた着物たちを見ると形が随分違うようなんですよね…

  

まず、「小袖」は身幅がとても広い…!

・身八つ口は無い(でも、戦国時代後半から遊女たちの間で着られていたとか)

・振りも若くても短い

 

現代の着物は幅が狭く、着付けの好みからもタイトにシワなく着ますが

当時はワードローブの中に着物しか無かったわけですから様々に着付けていたようで…。
f:id:kotosawa_a:20180515130414j:image

(この絵、めっちゃかわいい…ネットからの転載です)

おはしょりも今みたいにぴしっとせず、あくまでも「ちょっとからげましたよ」風。

 

しかし裾引き、あんまり見ませんよね…芸者、芸舞妓くらいですね…

個人的に着物は裾引き姿が一番美しいし、本来それが正式な着方なんだから

有名人や令夫人がパーティーや式典に出るときは裾引きにしたらいいのに…って思います。

トレーンの長いイブニングドレスたちの中におはしょり四角いシルエット着物は…なんか負けてるような…(´・ω・`)

 

戦国時代に限らず、歴史ドラマ映画では柄は当時のものを参考にしてても

着付けは現代風なので隙の無い、ちょっとコスプレっぽくなってるような…

身幅も反物の関係なのか江戸以降の反物で小袖を作っているような。

たぶん着付け師さんたちは現代の礼装系着物しかやらないし

視聴者にも好まれない…とか…?

そんな中でタイムスクープハンターや、JIN(漫画)なんかは昔のリアルな雰囲気があって かわいかった…(語彙力)

 

私もやっぱり江戸以降のお着物が好き…。

特に玄人さんの…
f:id:kotosawa_a:20180515131130j:image

新潟古町の芸者さんの写真を見たんですがかわいいのなんの…!!

八掛に同じ柄を配し、見せるの、優美…!

(今は舞妓さんくらい…?振り袖の多くが色八掛…)

 

日本の着物は桃山以降は貴族、武家階級からの流行よりも

こういった玄人さん 芸者、遊女たちから流行っていたのでどこか粋です。

お太鼓結び、江戸褄「留め袖の原型の柄つけ」(反対に島原褄?なる江戸褄のように裾全体に絵羽ではなく褄ひとつひとつに柄を配したものもあったとか)

などなど…今は皇族方もお太鼓結びですから、日本文化は寛容です。

女官さんの本で所謂「着物」「小袖」は【日本服】と呼んでたとのことなので、昔は十二単、うちき、洋服が宮中の服装だったのですかね…🤔

 

 

奥が深い桃山時代の着物を組み込んだお話が書きたいです…
f:id:kotosawa_a:20180515191920j:image

 営業ウーマンとか、サービス業OLがタイムスリップしてギラギラ戦国出世ストーリー…


f:id:kotosawa_a:20180515193327j:image

若き武将と恋するものの、やっぱり男に護られるのは性に合わねえ…!って京の文人か遊女・芸妓になり

f:id:kotosawa_a:20180515192341j:image

最終的には初代吉野太夫くらいになる感じ…。 

着物も現代の形や、髪型、日本髪をちょっと早めに流行らせたりして…(妄想)

於ねね、淀、松の丸、小野のお通、阿国狩野派、雁金屋、徳川和子、とか絡ませたい…

いまサイトで書いているタイムスリップ話はそんな風に持ち込めたらいいなと思います。

 

小十郎や高虎とも絡ませたいので笛や建築関係も好きな子にしなきゃな…

タイムスリップによくある流されよりは、自分で自らセルフプロデュースさせたいので大人の女年齢に…でもそうなると、桃山時代ではもう子供いなきゃなのかなあ…未亡人と偽って…とか…(また妄想の深みへ)

 


f:id:kotosawa_a:20180516013049j:image

 小十郎といえば、最近無双小十郎が使ってそうな眼鏡ふきを見かけました…

【歴史創作】和姫さまと藤堂高虎と夢脳

徳川和、こと和子さま

("かずこ"じゃなくて"まさこ"と読むことを最近知りました)


f:id:kotosawa_a:20180417223344j:image

(好きな女も子供も遠ざけられて…なんたることや)

(帝…わたしだってまだ14歳で政略結婚ですのよ)

 

  和姫は徳川秀忠、お江の方の娘で、武家から天皇家へお嫁入りをした日本史の中でもかなり 稀有な女性です。(最近だと津軽華子さま?位ですかね)

  この方の入内、生涯は、

大阪の陣から徳川二百年の泰平を体現したものの様。

 

 まず、家康の「天下泰平の為に、徳川の血筋をもつ天皇がほしい」思惑で決まった婚約ですから

天皇家側も後水之尾本人もはぜんぜん乗り気ではありません。

和姫はまだ14歳ですし、後水之尾天皇にはお"よつ"という愛する女官 皇子たちがすでにいたのです。(よつは皇后ではありませんから、まあ、当時ですから押せ押せで行けばいいのですが…)

 

なんといっても「関東」の「武家」の姫君です。

はんなりとした都人からすると「アマゾネス」のように想像していたのでしょう(笑)

(現に東国の女は男と共に戦場に出たり、国を守ったり、城主になったり、鎧姿で舅を追い返したり…と美しくも猛々しい伝承が残っています)

 

天皇家側があれやこれやと生八つ橋に包んで時間を稼いでいる間に

大阪の陣が勃発。

徳川家も、都の近くの大阪も、それどころではありません。

和姫の伯母にあたる「淀殿」もこの時死んでしまいます。

そして極めつけは ひと安心したのか、家康公の死…

徳川家は戦争と服喪で、入内どころでは無くなります。

 

しかし、それで引き下がる武家ではありません。

東国の武家の女なんて嫌すぎて譲位まで仄めかしはじめる後水尾天皇にとうとうやらかします。

 和姫入内を拒む五摂家以下の公卿衆にあの藤堂高虎を遣わし

 

「はぁ?!和姫さまの何が不満なんだ!!先例もあるんだから、徳川家の言うことを聞けや!!あんまりわけわからん事言ってると天皇島流しにして俺は切腹してやる!!!!」

 

と交渉させます。

一農民(元々は領主の家柄)から大名にまで登り詰めた、しかも身長190cm(!)身体は肌がどこかわからないほど傷だらけの高虎に凄まれたら、やんちゃ公卿近衛信伊位じゃないと断れません。(高虎は意外にも茶道などに明るく近衛家によく出入りしていたとか)

 

こうして、和姫さまは天皇の女御となられたのです。

蓋を開けてみれば、和姫さまは大変魅力的な方だったようで、「おしゃれ中宮」好みの美しい小袖を流行らせ、押し絵を自ら描かれたり、風雅な女御として古くからの女官や公家衆にも好かれ、後水之尾帝とも仲が良く 女一宮をもうけ、彼女を女帝とし、

見事徳川と天皇家の光となったのでした。

 

和宮と家茂みたいで、色々あったけど仲良しでかわいいですね。

余談ですが、和子の異父姉(豊臣秀勝との娘)で九条家へと嫁いだ九条完子は、のちに大正天皇皇后となる女性の遠い祖先となり、織田 豊臣 浅井の血は天皇家へと続いています。

女帝は生涯独身らしいので…家康公、真の意味では作戦失敗でしょうか?

千姫、和姫、完子と、母たち浅井三姉妹にまけないすごい姫たちですね…

 

しかし、藤堂高虎はなんでここまでクレイジーいえ強心臓なんでしょう。

公卿出身ならいざ知らず、武家、しかも農民身分に落とされていた彼からすれば天皇とはそれこそ現人神のようなものだったのでは…

浅井→織田→豊臣→徳川を渡り歩き、その度に出世してきた彼はとてつもない現実主義者で 雇い主第一、何も怖いものはなかったのでしょうか…?

この前まで秀長、秀吉に仕えていたのに

家康が亡くなるときには宗派の違いを嘆かれればその場で「改宗」

「これで大御所様にあちらでもお仕えできますぞ」

と家康を涙させたり、本当にクレイジーです。(褒めてる)

 

彼の生涯はいつか大河ドラマになりそうなくらい面白い。

 

 

夢脳の私からすると

トリップ現代人OLに「え?天皇陛下?わたしみたことあるよ~(ニュースで)」って話を聞いたり「駄目な会社はばんばん捨てれば」に影響されたりしてたら…非常にいいですよね。

f:id:kotosawa_a:20180417223353j:image

 体も大きくて、現代っ子とも…。

和姫さま入内のときのクレイジーぶりは、最初の主君であり、足軽の自分を取り立てて刀まで授けてくれた浅井長政の孫(江は長政の娘)だから、とかそんな理由でもぐっときますね…


f:id:kotosawa_a:20180501211402j:image

 そう、冬に知らずに行った上野東照宮は 高虎の墓もあったらしい。あの五重塔は寒松院のものだったそう…寒牡丹が本当に美しかったです。

しかし東照宮に葬られるとは…高虎は外様愛され大名の代表ですね~





【歴史創作 】小十郎と千子様とか

f:id:kotosawa_a:20180412173241j:plain
どうだろう。
千子姫は伊達藤次郎政宗の妹で、父輝宗と正室母義姫の娘であったらしい。輝宗パパン義姫ママンの二人の娘できちんと名前が伝わる唯一の人ながら、早世してしまったらしく いつ生まれたのかよく分からない。
もう一人の「女子」こと姫も早くに彼岸を渡られたのだろうか。

千子姫はお名前がきちんと残っていることから、十代半ば、嫁ぐ直前くらいまでは存命だったのかな?
政宗と小次郎の間くらいで、年子とかにしちゃって、兄の初陣~輝宗パパン死亡までほ間に思春期 嫁取りを過ごす最中に、鬼籍に入る。とかだとドラマチック(全て妄想)

そもそも「千子」は「せんこ」なのか。刀みたいな名前。
「子」がつく名前は上方とかの高貴なイメージでもあるから、初めての女の子に義姫も輝宗も喜んでいたのかな。
(「千」で称号としての子なのか、よくあるやつ)

しかし、中国史もそうだが、日本史は本当に女性の名前がわからない。
その人生も思考も見えてこない。
だからこそ創作にしやすいのですが……

という訳で、千子さまを使わせて頂いて
転生とかで小十郎に「姫」と言わせたいだけの歴史創作を作りたい…。
二十代の心と、ミドルティーンの身体をもて余して、小十郎に甘えたり当たり散らしたり…。
小十郎は歴史でも、二次創作 ゲームでも忠義と趣味の両立をしている何だかんだ図太い性格であると見ている(キモオタの見解)ので
困った顔をしながら「やっぱりこういう気性が若君や北の方にそっくりですね~」位に心中に余裕があると…
萌えます。

そう!小十郎と言えばご実家がよく分からない!!!

「米沢八幡宮」とされていますが、そんな八幡さまは無い…
色々は本やインターネットを眺めていて
成島八幡宮さまと安久津八幡宮さまという大きな神社が上げられていました。
でも、そんなところの宮司(これも 景重パパが宮司じゃなくて一神職であるとかいう説が)の次男なら 別に藤田家に養子に出されずに
神職としていてもお家は助かるんじゃないの?
と……、で、山形の新聞に「片倉景綱生誕の地」みたいな記事があるとインターネットの荒波から発見…

【川西町内の青年たちが伊達政宗に仕えた片倉景綱(通称・片倉小十郎)と町との関係について研究している。
同町上小松の東塩ノ沢地区の置賜四所神社近くには、片倉氏が居住したとされる「片倉舘跡」があることから、父・景重が神職を務めたとされる「米沢八幡」が同地区にあったとする新説を提唱。】

ほうほう。

【伊達家の領置分配の記録「采地(さいち)下賜録」の中で景綱の祖父・景時に小松地区を与えたとする記述を発見。居住した場所が片倉舘で、片倉家の記録「片倉代々記」などから景重が継いだことが分かった。さらに地元・諏訪神社で継承されている、1700年代中期に描かれた東塩ノ沢地区の絵図(昭和21年に複写)の中で、片倉舘近くに記された「八幡宮」を確認。
八幡宮の文字の脇には「片倉前社」と書かれていた。
絵図を参考に現地を探索したところ、平らにならされた地面と、取り囲むように木々が並ぶ林を見つけた。
 景重が片倉舘に住んでいたとすれば、成島、安久津両八幡神社までは距離があり、グループは「断定はできないが景重は絵図にある八幡宮神職だったのでは」と推測する。】

おお…!

現代までバシッと名前が残るような神社なら ばっちり家系図?神官名に「片倉」が残っていると思うんですよ。(候補のひとつ成島八幡宮には「片倉」という神官はいなかったとか。)

だとすると安久津八幡宮の方なのかな。

でも個人的には(出た)
小さな八幡宮さまの神官の次男、色々あって小姓に、そして伊達政宗のブレーンに…が自然で 頑張る気持ちも理解できて
そして萌えます。

小十郎のご実家は、祖父の代から伊達家に仕えていた武将であったとする記録もあるので
神官と兼業する武士でもあったのかもしれないですね。
と、すると根っからの神職の次男が 武家の養子になるのも 小姓になってからも 教養を発揮しつつも 「家格は高くないよな」
って、陰口に耐えられず出奔…も納得が行きますね。

という訳で、私の心の中の小十郎は山形の「小さな八幡宮」の次男。
にしておきます。

千子姫の話から大分逸れてしまいました…。

改めまして。

f:id:kotosawa_a:20180412172226j:plain
移転前はmemoに書いていたものをブログにしてみました。
Twitterも手軽だけど、平成一桁生まれにはブログがノスタルジック…。

相変わらずファーレンハイト提督に夢中で
無双シリーズに小十郎に引き戻されています…。
丁寧なお言葉と、中に秘めた粗野さ(褒めてる)に弱いんです、ファッションも同じですね。

よろしくお願いいたします。
(そして軍服、制服も大好きだ…!!)
このブログは二次創作と歴史創作サイト両方のメモにするので、
「なんじゃこりゃ?」となられる方もいらっしゃると思います…最初からすいません。



英伝が新しくアニメになると聞いて、ポスターも見て
なんだかいろんな意味でどきどきします…
ファーレンハイトはどうなるのか…キャゼルヌが怪しい感じになっていて…なんだか萌えます。
f:id:kotosawa_a:20180411164542j:plain
むかし、高校生のときファーレンハイトが原作、アニメ、漫画で性格が違うかんじで妄想していた事を思いだしました。
原作のファーさま(急に)が一番やべえって思います。掴み所のないまま終わりましたし。