夢脳のまなざし

いい男が好きすぎて現実では足りず歴史さえもよこしまなまなざしで見てしまっています。旅行が好きです。(http://nanos.jp/minamooon/)

暑中見舞い


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とてつもない暑さが続いております…

 

毎日通勤の電車にいつもより旅行仕度をされてる方が多いなと感じていたらもうお子さまたちは夏休みでした。

私も数年前まではとんでもない長さの夏休暇を満喫していたくそすとぅーでんとだったのに、今では立派な社ち…いえ社会人です。

 

こんな暑い中でも恒例の京都花街の八朔のご挨拶が 祇園甲部(あと先斗町?)は黒紋つきで行われたようです。

さすがプロですから、白粉もよれず絽や紗の紋付きをびしっと着こなした美しい姿がニュースでも涼風を運んでくるようでした。

 

この黒紋付きの華やかな姿はいつからのものなんでしょうかね

 

舞妓さん事態、江戸の時代からですが

京や町の「芸者」たちが生まれる前のまだ遊び女や女芸者たちが舞っていた江戸の以前の廓ではどんな装いで夏のお祝いをしたのでしょう。

島原遊郭は黒紋付きや打ち掛けはまとわず、夏生地の裾引きでさらりとお客様を迎えたそうな。吉原遊郭ではなんと白無垢だったとか、艶やかです。

しかしどちらも本格的に花開いたのは祇園先斗町と同じく江戸の時代からですから、

それ以前の装いはわかりません。

そもそも秀吉の時代になって芸人や遊女をきちんと「廓」に集めて「花街」や「色街」を作ったと何かで読みましたから、各々自由に夏の盛装で客を楽しませていたのかもしれません。

 

戦国時代を書く上で、武家公家や農民ではない女性を描くのは難しいです…。

 

 

ちなみに関東はどうだったのだろう…

華やかで豪奢なのは京の花街で、どちらかというとシンプルで裏地に花が舞うみたいなイメージの江戸の花街とばかり思っていましたが

むしろ花かんざしや金無垢のかんざし櫛を差させたのは江戸で、明治にお客様が軍人政治家となって「奥さま風」が喜ばれるようになっていまの真っ白な襟の江戸芸者になったと本で読んでみたり……

京都の花の舞妓さんでさえ、今のようなはでな花かんざしは明治からでそれまではごくごく小振りではんなりとしていたとする写真もあったり…

 

それぞれの流行なのでしょうか。

時代にもよるのか…

 

日本女性はなかなか奥が深いです…

 

 

(夏関係ない)